仏教とアドラーとヨガと

仏教とアドラー心理学のそれぞれの考え方と2つの共通点についてお話を伺い、
頭のなかでヨガと一緒だなーと感じていた私の勝手な回想について書いてみたいと思います。

あくまでも登壇者のお二人の意見と私の勝手な理解ですが、
考え方の根本にたくさんの共通点があり、面白かったのでシェアしたいと思います。

正見(仏教)と共感(アドラー)

正見(仏教)は、「ありのままを受け入れる」

共感(アドラー)は、「相手に関心を持つ、相手の立場で考える」

そして、ヨガでは、【正知(プラマーナ)】「正しい基準にもとづいた理解」とリンクしてお話を伺っていました。

何か問題に直面したとき、私達はすぐにネガティブやポジティブな意味付けを行いますが、
まず何が起きたのか、具体的に理解することで、
大きな問題に感じたことも大したことなかったり、
対処する方法が思いついたりする

無我(仏教)と共同体感覚(アドラー)

無我(仏教)は、「無心であること」

共同体感覚(アドラー)は、「自分自身も他の誰かも共同体であること、自分にとって良いことが相手にとっても良いことである現象」

そして、ヨガでは、ヨガそのものの意味である【つながり(ヨガ)】「心の働きをとめること」とリンクしてお話を伺っていました。

ヨガは実践することで、体・心・呼吸を整え、心を静止した状態に導きます。
自分の状態を整えた上で、問題を捉えたとき、ありのままに受け入れることができ、
自分が本当にしたい選択を選択できる

では、実際に自分が直面した問題に当てはめてみると?

ココまでだけだと、ただの言葉遊びをしただけのように思えるので、
明日は「自分が実際に直面した問題」について、書いていきます。

アドラー心理学について、お話してくださった熊野さんの書籍はこちら↓

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