仏教とアドラーとヨガから、自分に起きた問題を捉えてみると

1/21(日)に【幼児教育ラボ第19弾】スペシャルトークセッション〜仏教×アドラー心理の視点から考える。こころの付き合い方〜に参加してきました♫

仏教とアドラーとヨガとでリンクした考え方で、自分に起きている問題を捉えてみます。

自分に起きた問題とは?

このイベントに参加するため、0歳3ヶ月の息子と家を出る直前に問題が起きました。

私は、授乳していて出発が遅れそうになったのです。
焦って私は、授乳が終わったと同時に、
昼寝をしていた夫を叩き起こし、
授乳後にゲップをさせるのとおむつ替えをお願いしました。

しかし、いつもお願いしたらすぐに対応してくれる夫ですが、
この時に限って深い眠りに入っていて、すぐには起きてくれません。

けれども、余裕のない私は、
(家にこのあともいるんだから、今の一瞬ぐらい手伝ってくれてもいいでしょ。)
とジャイアンのように心の中で思って、
「子供を連れて出発するのは、大変なんだよ。はぁ(ため息)。」
と言い、息子は泣くのを覚悟で、布団に置き出かける前の準備をはじめました。

そして、イライラが収まらず、
ちょうど洗濯が終わったので、気分転換にベランダに出て洗濯物をほし、
(なぜこのタイミングに洗濯物をほしたのか…今思えば、これを夫に頼めば良い。笑)
干しているうちに、涙がこぼれてきました。
(夫が悪くないのはわかっているものの、一旦悲しくなり始めた心が抑えられなくなっていました。)

結局は、無事に?ギリギリ間に合う時間に出発でき、
電車に間に合ったら、全て心の暴走は止まりました。笑

さらには、対談者であった熊野さんにもイベントの終わりに息子に向かって、
「君は、参加しただけ、ココにいるだけで意味があるんだよ」
といっていただき、
心から息子と一緒に参加できてよかったと思ったのでした。

では、なんで涙がでるほど悲しくなってしまったのか

正見(仏教)「ありのままを受け入れる」

共感(アドラー)「相手に関心を持つ、相手の立場で考える」

正知:プラマーナ(ヨガ)「正しい基準にもとづいた理解」

これらの考え方で見ると、思い当たることがポロポロ。

  1. いつもどおり、夫はすぐに手伝ってくれるものと思っていた(思い込み)
  2. いつも息子と出かけるときの準備の大変さ繰り返し思い出していた(過去の出来事)
  3. 息子と一緒に出かけたいのは、私の意思であることを忘れかけていた(誰かに頼まれたわけではない)
  4. ちょっと疲れていた(自分の体調)

と、あとから仏教的アドラー的ヨガ的に考えるとこの出来事は、
私にとって、何も問題ではなかったのです。

そして、おそらくこれらのことになんとなく気づいていたから、
電車に間に合った途端に落ち着いたんですね。

この気づきから実践してみた

イベントの翌日の朝、この気づきが頭のなかにあった私は、
授乳が終わり、おむつを変えても、
少しぐずっている息子をとなりに
もう一眠りすることにしました。(疲れを取るために?)

起きると夫が息子をあやして落ち着かせ、
お味噌汁をつくってくれていて、
朝ごはんがありました。

その状態になっていることを望んでいたわけではなかったので、
(ただ寝たくて寝ただけ)
心のそこから感謝できて、笑顔で一日をスタートすることができました♫

あなたが直面している問題も、仏教的アドラー的ヨガ的にとらえてみると
意外とシンプルな問題かもしれませんね。

ちょっと行き詰まっちゃったと思ったら、
試してみてください。

アドラー心理学について、お話してくださった熊野さんの書籍はこちら↓

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